村上ゆかり(コラムニスト)

コラムニスト。国会議員秘書時代の調査報告、記事の執筆などをご紹介。

【記事のご紹介】「人が辞めたら終わり」の時代へ──急増する“退職倒産”の衝撃(X記事)

https://x.com/yukarimurakami5/status/2019976581364773240?s=20

 

Xで記事を書いてみました。興味のある方はご覧ください。

 

▼記事本文

「人が辞めたら終わり」の時代へ──急増する“退職倒産”の衝撃

 

「売れなくなったから潰れた」わけでもなく、

「資金繰りが尽きたから倒れた」わけでもなく、

従業員が辞めたことで、事業が続けられなくなった。

そんな倒産が、いま日本で急増している。

 

2025年、「従業員の退職」を直接の引き金とした倒産は過去最多を更新した。かつて倒産の主因だった売上不振や過剰債務に代わり、「人がいなくなったこと」が経営破綻の主要因の一つになりつつある。

特に深刻なのが中小企業だ。従業員が数人規模の企業では、1人の退職が即、事業停止に直結する。代わりを採用することも、残業で補うことも難しく、現場は急速に崩れていく。

背景には、少子高齢化による人手不足と、硬直した雇用制度がある。人材を確保できず、調整も利かない中で、多くの企業が限界に追い込まれている。

退職倒産の急増は、個別企業の問題ではない。
それは、日本経済が抱える構造的な弱点が表面化した結果なのである。

 

  • データが示す実態

民間調査機関の帝国データバンクによると、2025年の「人手不足倒産」は年間400件を超え、3年連続で過去最多を更新した。その中でも、「従業員の退職」を直接の原因とする倒産は124件に達し、統計開始以来、突出した水準になった。東京商工リサーチの調査でも退職型倒産は前年比で5割以上増加しており、近年まれに見る急拡大局面に入っている。

もっとも危機感を感じるのは、「人手不足倒産全体」に占める退職型の割合が年々高まっている点だ。かつては「採用できない」ことが主因だったが、現在は「既存社員が辞める」ことが引き金になるケースが急増している。問題が単なる“人材不足”から、“人材流出”に移行しているのである。さらにこの傾向は今後も増加傾向が続くと見込まれている。「退職倒産」は一部の例外ではなく、日本の中小企業全体に広がる重要な問題である。

 

  • 「ブラックだから潰れた」わけではない──退職倒産を生む構造的な限界

 

退職倒産が増えている背景について、「ブラック企業が淘汰されただけだ」という意見がある。本当にそうなのだろうか。

厚生労働省の「雇用動向調査」では、離職理由の上位は「賃金水準」「将来不安」「事業の先行き」だ。中小企業庁の調査でも、人手不足に陥る企業の多くが「労働時間管理や法令順守は一定程度できている」と回答している。つまり、違法なブラック企業だけが倒産しているわけではなく、賃金を上げられなかった事情のある企業が倒産しているのだ。

多くの中小企業が「まじめに経営しても儲からない構造」に置かれてしまっている。

 

その典型例の一つは建設業だ。多重下請け構造のもとでは、元請けに利益が集中し、末端企業ほど低単価で仕事を受けざるを得ない。適正な労務管理を行えば行うほど、人件費負担は重くなり、経営は苦しくなる。

物流業界も同様に構造的な問題がある。荷主との交渉力が弱い中小企業ほど運賃を上げられず、燃料費や人件費の上昇を自社で吸収してきた。違法な長時間労働に頼らず運営しようとすれば、採算がどんどん合わなくなっていく。

 

こうした業界に共通するのは、「無理をしなければ成り立たないモデル」が長年温存されている。労働環境を極端に悪化させていなくても、「賃金が上げられない」「将来が見えない」という理由で人材が流出し、状況が変えられないまま苦境に立たされ、倒産に至る企業が増えている。

こうしてみると退職倒産とは、ブラック企業自然淘汰というより、むしろ、制度を守りながら経営しようとする企業ほど追い込まれる、歪んだ産業構造の帰結なのだ。

 

  • 労働法が中小企業を苦しめる

退職倒産が増えている重要な背景の一つに、労働法による規制がある。

本来、企業は仕事量に応じて人員や労働時間を調整する。しかし現在の中小企業では、その機能がほぼ失われている。採用難で人を増やせず、時間外規制で残業もできず、解雇規制によって人員再編も難しい。

この結果、現場では深刻な歪みが生まれる。

例えば、十分に働かない従業員がいるとしよう。その従業員が正社員であればすぐに解雇は困難だ。しかし中小企業であれば人件費を新たに上乗せする余裕はなく、その負担は経営者や他の従業員に集中し、1人分以上の仕事を抱え込むことになる。表面的には賃金が下がらなくても、「同じ給料で仕事が増える」という見えない待遇悪化が進む。待遇が悪化すれば、転職先をすぐに見つけることができる能力や意欲のある人材ほど先に辞めてしまう。残った現場はさらに疲弊し、退職が連鎖する―――。

重要なのは、これはブラック企業の問題ではないという点だ。法令を守り、無理な働かせ方を避けてきた企業ほど、どんどん追い込まれてしまう。大企業なら再配置や外注で対応できるが、中小企業には余力がなく、たった1人の社員が辞めただけで致命的な打撃を負うことになりかねない。

問題は規制そのものではなく、雇用の流動性が低く、調整が利かない状態にあることだ。人材流出による退職倒産は、日本の雇用制度と産業構造が抱える限界を示す警告なのである。

 

  • 政府の支援策は場当たり的

政府も、人手不足や中小企業の経営悪化を放置してきたわけではない。中小企業庁は賃上げ支援や補助金制度を整備し、厚生労働省も人材確保や職業訓練の支援を進めている。

しかしこれらの政策は十分に機能しているとは言い難い。

最大の理由は、多くの支援策が「一時的な資金補填」や「精神論的な賃上げ要請」にとどまっている点にある。補助金は申請手続きが煩雑で、現場の負担も大きい。賃上げを求められても、構造的に利益が出ない企業には対応できない。雇用の流動化などの根本的な課題を置き去りにして、場当たり的な支援を続けていては意味がないのだ。政府が雇用制度や取引慣行といった本質的な構造の課題に踏み込めていないことで、支援策がただの延命措置になっていると言えるのではないか。

 

人口減少や人手不足は、多くの先進国が共通して直面している課題である。では、なぜ日本でここまで深刻化しているのか。その違いこそまさに構造の違い、制度設計にある。

OECD諸国では、雇用の流動性と再就職支援が一体で整備されている。ドイツやデンマークでは、企業は比較的柔軟に人員調整できる一方、失業者には職業訓練や再就職支援が手厚く提供される。重要なのは、「解雇しやすい社会」ではなく、「移動しやすい社会」をつくっている点だ。

一方、日本では雇用保護が強いまま、労働移動支援が弱い。その結果、調整の負担が企業内部に蓄積され、「1人辞めたら終わる会社」が生まれやすくなっている。

 

「退職倒産」が示すのは、企業の努力不足でも、若者の根性不足でもない。「賃上げしろ」「人、雇用を守れ」と言われた経営者からすれば、この構造下、制度下でどうやって守れというのか。本質的な問題を置き去りにしたツケが、いま現場からの悲鳴となって数字に表れ始めている。退職倒産は、氷山の一角であり、水面下には、すでに限界を超えた企業が無数に存在する。

この警告を無視すれば、日本経済はさらに静かに、確実に縮んでいく。問われているのは、国が現実と向き合う覚悟があるのかどうかである。